日本国内のM&Aの件数は、年々増加傾向にあります。2022年版『中小企業白書』によると、2011年には約1,700件だった日本企業のM&A件数は、2021年には4,280件を記録し、過去最高となりました。コロナ禍の影響を受けた2020年を除き、2011年以降は連続で件数が増加しています。
また、これらはあくまで公表されている件数であり、特に中小企業のM&Aについては未公表のものも多く存在することを考慮すると、日本企業のM&Aは更に活発化していることが推察されます。
では、今後のM&A市場はどうなっていくのでしょうか。ここでは、中小企業のM&Aの件数が今後も増えていくと考えられる、4つの要因を紹介します。
要因① 子どもが継がず、親も継がせたくない
一つ目の要因は、子どもが継がず、親も継がせたくないことです。
かつての日本では「親が商売をしている場合は、子どもはそれを継ぐのが当然」という伝統がありました。日本には数百年も続く長寿企業が世界で一番多いといわれています。長寿企業が多い一番の原因は、このような伝統的な考えに由来しているのでしょう。
ところが、現在では個人の多様な価値観を認めるべきという風潮があり、親としても必ずしも子どもが会社を継ぐことを期待しなくなってきています。子どもも、サラリーマンとしてある程度満足した生活を送っていたり、医師、弁護士、会計士などの専門職についていたりすれば、「あえてリスクの高い家業の経営はしたくない」と思う人も増えています。
リーマンショック、東日本大震災、コロナ禍を経験し、事業経営の不確実性を切実に感じたオーナー経営者は、社内に自分の子どもが勤めていても、必ずしも継がせるのがいいとは考えず、第三者への譲渡を決断するケースが増えています。
子どもに継がせないのは、経営者としてシビアに子どもの能力を見極めて、経営者向きではないと判断している場合もあります。また、業界の将来に対する不安から、苦労をさせたくないとの親心で継がせたくないこともあります。
経営形態と生産性の関係について、『日本企業の勝算』(デービッド・アトキンソン著)で興味深い分析結果が示されています。
それによると、以下の順番で生産性が高くなるとのことです。
- 起業した家族が株式の一部を保有している上場会社で、経営者が最適なプロ経営者
- 上場企業でプロ経営者
- 家族所有でプロ経営者
- 家族所有で、家族の人間が経営者
- 家族所有で、長子が経営者
もちろん、家族経営で二代目、三代目の偉大な経営者が世の中にたくさん出ていることは承知していますが、家族という極めて限定された候補者から経営者を選ぶほうが、企業の発展・成長においてリスクがあることは間違いないでしょう。
『日本企業の勝算』でも、〈統計上最悪なのは、⑤の家族の長子を経営者にすることです。経営者に向いているのかどうかが完全に度外視されるので、生産性はもっとも低くなります〉と述べられています。
子どもや親族に継がせない場合は、ほかの選択肢として次の3つがあります。
A ほかの役員、従業員への承継
B 廃業・会社清算
C 第三者への譲渡(M&A)
一つ目の「ほかの役員、従業員への承継」ですが、中小企業では経営をすべて任せられるような優秀な人材がなかなか育たないというのが実情です。長年期待をかけて育てたとしても、他社に転職されたり、独立されたりするケースがよくあります。
また、経営を任せられるような役員、従業員がいたとしても、今度は株式を買い取る資金力がない場合がほとんどです。中小企業といえども全株式を買い取るとなると、通常数千万〜数億円以上の資金が必要になります。
しかし、中小企業の役員、従業員で大金を準備できる人はまれでしょう。オーナー社長に欲がまったくなく、本来大きな価値がつく会社をただ同然で譲ってもいいのであれば、役員、従業員への承継も現実味が出てきますが、そのようなオーナー社長も実際にはなかなかいません。
二つ目の「廃業・会社清算」は、従業員が職を失い路頭に迷うことになり、長年つきあってきた取引先にも迷惑をかけることになります。そのため、ほとんどの経営者が廃業や会社清算を望みません。
そうなると三つ目の「第三者への譲渡(M&A)」が現実的な手段となってきます。子どもが継がない、親も継がせたくない、という中小企業が増えるなか、とりうる選択肢から消去法で考えていっても、M&Aによる譲渡を志向するオーナー社長が増えていくことがわかります。
要因② 便利なものを使うと、元に戻れない
二つ目の要因は、便利なものを使うと、元に戻れないからです。
一つ目の要因は、子どもや親族が継ぐかどうかの問題は売り手側の要因でした。ここでは買い手側の要因を考えてみます。
現在の企業経営は、情報のコモディティ化が進んでいるため、ますますスピード経営が必要とされています。自社で一から事業を立ち上げていては、その間に他社に市場を奪われてしまうかもしれません。
近年国内外で成長著しい企業のほとんどは、M&Aを成長戦略として活用しています。M&Aによる買収を一度して、それで失敗して懲りてしまった会社もありますが、多くの買い手企業は一度M&Aをすると、それ以降も積極的にM&Aを検討するようになります。
M&Aはうまくいけば成長戦略を実現するための手っ取り早い便利な手段ということがわかり、やめられなくなるのです。一度便利なものを使ってしまうと、それがない元の生活に戻れない現象と似ています。
是非はともかく実態として、一度買収を経験した企業は、その後も買収を続ける傾向があり、それがM&Aが増加する要因になっているということです。
要因③ 日本は企業数が多すぎる
三つ目の要因は、日本は企業数が多すぎることです。
要因①、要因②で売り手側と買い手側のそれぞれでM&Aが増える要因を見てきました。ここではマクロ的な視点で見ていきます。
日本は業界内の企業数が多く、過度な競争が起きていて、欧米と比べて企業の利益率が低くなっていると以前からいわれています。デービッド・アトキンソン氏は『日本人の勝算』などの著書の中で、豊富なデータや論拠を示して、日本全体の生産性をあげる方法のひとつとして、企業の統合を促進し(企業数を減らす)、企業規模を大きくすべきことを主張しています。
企業規模と生産性の相関関係は大きく、企業規模が大きくなれば生産性があがります。社員数が増えれば、さまざまなITシステムなどの投資をするメリットが出てきて、業務効率化や顧客へのサービス改善ができ、ひいては利益率の向上、社員の待遇改善につながります。
日本は人口減少で需要が減っているので、企業数を維持することは不可能です。中小企業庁の集計によると、実際に1999年から2016年の17年間で、中小企業・小規模事業者の数は485万社から359万社と、126万社も減少しています。
それでも、日本は従業員数が少ない企業で働く人の割合が、アメリカ、ドイツ、イギリスなどと比べても多く、また日本の中小企業の生産性が低いことがOECDの調査によって明らかになっています。
後継者不在の事業承継の問題だけでなく、日本が先進国として生き残るために生産性をあげていかなければいけないという点においても、M&Aによるさらなる企業の集約化や業界再編を進めていくことは避けられません。
要因④ 欧米よりM&A取引金額の対GDP比が小さい
四つ目の要因は、欧米よりM&A取引金額の対GDP比が小さいことです。
もうひとつマクロ的な視点で、欧米と比較した場合に今後日本でM&Aがまだまだ増えていく理由を説明します。
欧米主要国のM&A取引総額の対GDP比は、国や時期にもよりますが、6〜10%強程度です。一方で日本では3%程度です。日本の株式市場においても、株式持ち合いが解消され、外国人株主やアクティビストなどのモノいう株主が増えるにつれて、株主重視の経営がますます求められています。
株主は常にリターンを要求しますので、余剰資金は配当するか、成長に向けた投資に振り向けなければなりません。そうなると、企業価値を向上させる可能性があるM&A案件が目の前にあるのに、検討もしないということは、株主に対して誠実に仕事をしていないと見なされてしまいます。
ところで、買い手としての上場企業は、大型の買収しかやらないと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。ニュースになるのは大型のM&Aが多いですが、実際には上場企業でも買収金額で数億円規模の中小企業、ベンチャー企業の買収も数多く行っています。このことは、上場企業のプレスリリースをこまめに見ていればよくわかります。
もちろん、過剰な買収資金を投じて、逆に企業価値を毀損させてしまえば元も子もありませんが、日本企業も欧米と同じように株主重視の経営が求められるにつれ、積極的に企業買収による成長を検討せざるをえないため、日本のM&Aは増えることになります。
先ほども述べたように、日本のM&A取引総額の対GDP比は欧米の半分程度ですので、日本のM&A市場は将来的に倍増するポテンシャルを秘めています。
かつて日本マクドナルド創業者の藤田田(ふじたでん)氏は、「日本はこれからも欧米化していくから、欧米で流行っているビジネスをやれば儲かる」という趣旨の発言をしていました。すべてとはいい切れないとしても、欧米で先行したビジネスやビジネス手法が、その後の日本でも普及する傾向にあるといえます。
日本でもM&Aが普及してきましたが、欧米と比べればM&Aに対する感覚はまだまだ全然違います。
以前、インテグループで売却を支援した例に、日本の総代理店としてヨーロッパの雑貨を輸入・販売している会社がありました。買い手が見つかり、最終的にM&Aを実行する前に、売り手のオーナー社長は、仕入先である海外メーカーからM&Aについて了承を得ることを買い手から求められました。
売り手の社長は、「長年信頼関係で取引してきたのに、会社を売却するなんて言ったら、取引を切られるかもしれない」と思い悩んでいました。しかし、海外メーカーの社長に対して、メールでおそるおそる売却する意向を伝えたところ、「おめでとう!了解しました」との返信がすぐに来て拍子抜けしていました。欧米では、会社を売却できることは成功者の証であり、人にいうのがはばかられるようなことではありません。
IBMの元CEOであるルイス・ガースナー氏は、著書『巨像も踊る』のなかで、買収は成功確率が低いので、むやみに買収などするものではないと安易なM&Aをいさめています。では、ガースナー氏がM&A否定論者かというとそうではありません。ガースナー氏がIBMのCEO在任中の9年間で、IBMは90社買収しています。むやみに何百社も買収するのではなく、戦略にあう会社を厳選して90社買収したということです。
これが米国の経営者の感覚です。最近の話ではなく、1990年代の話です。
グーグル(持株会社はアルファベット)、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフトの米国のテクノロジー大手5社(5社を総称して「GAFAM」と呼ばれる)も、今まで5社総計で優に700社以上の買収を実行し、日常的ともいえるほど頻繁にM&Aをしながら企業価値を増大しています。
このように、中小企業のM&Aが増える要因については、後継者問題、M&Aの売り手、買い手の要因やマクロ的視点から語ることができます。欧米との比較から考えても、今後、中長期の傾向としては、日本の中小企業のM&A件数は間違いなく増えていくでしょう。