2022年1~12月に日本企業が関連したM&Aの件数は4304件と過去最多となり、日本のM&A市場が拡大を続けています。(件数の出典はレコフデータ)
この市場拡大の大きな要因の一つとして、中小企業のM&Aが普及してきていることがあげられます。
本記事では、中小企業の経営者がどのような理由でM&Aを決断しているかを見ていきたいと思います。
売却理由はどれかひとつに分類できないことも多く、2〜3の理由が合わさっていることもよくあります。
以下それぞれの売却理由について、ひとつずつ見ていきます
売却理由①後継者不在
オーナー社長の子どもが別業界で会社員をしていて継がなかったり、子どもが社内にいたとしても、今後の経営環境や子どもの経営能力を冷静に考えた場合に、あえて継がせなかったりすることが多くなっています。
帝国データバンクの調査によると、国内企業の社長の平均年齢は約60歳で、そのうち6割の企業は後継者が決まっていません。
病気や家族内の介護の問題がきっかけとなったり、また第二の人生、ハッピーリタイアを志向したりして、売却を決断するオーナー社長が増えています。
売却理由②創業者利益の獲得
実際には、日本ではアーリーリタイアを望む人はまだまだ少なく、次にやりたいことが決まっているかどうかは別として、資金を得て別のことにお金を使いたいという動機がほとんどです。
次のことが決まっていない場合は、売却したあとに今度は買い手に転じてM&Aによる買収を検討するということもよくあります。事業の立ち上げは好きでやりがいを感じるが、いったん出来上がったビジネスを管理することにはあまり面白みを感じないため、一度売却してまた新たな事業をしたいという経営者が、創業者利益の獲得を志向します。
実際、売却の相談にお見えになる社長で、「本音をいうと、経営に飽きた」といわれる人も多くいらっしゃいます。ただ、創業者利益の獲得が一番の売却理由になっていても、先ほど述べた将来的に子どもに継がせる気がないことが早期の売却をあと押ししていることもあります。
多くのベンチャー企業の社長がIPO(新規株式公開)をひとつの目標として目指したとしても、実際に国内でIPOできるのは年間100社程度と狭き門です。
M&Aによる売却によって創業者利益を得ることは、ベンチャーの本場である米国では当たり前のこととして受け止められています。ベンチャーキャピタルが投資した米国企業において、エグジットの際のIPOとM&Aによる売却の割合は、1対9でM&Aによる売却がほとんどです。米国では、はじめから大手企業への売却を目指して創業することもよくあります。
いまや、世界的な巨大企業になっている会社も、過去に売却を模索しています。たとえば、グーグルは1999年にExciteと、ネットフリックスは2000年にブロックバスターと売却交渉していますが、いずれも金額が折り合わず破談しています。テスラも過去にアップルに売却を持ちかけましたが、相手にされませんでした。これらは創業者達がインタビュー、著書、SNSなどであけっぴろげに語っています。このように米国では、会社の売却はオーナー社長が当然にもつべき選択肢のひとつと考えられています。
日本では売却を目指してベンチャー企業を立ち上げるということは、まだ一般的ではありません。しかし、IPOが現実的には非常に狭き門であるなか、売却が創業者利益を得ることの最も現実的な手段になってきています。
自分の会社を売却して、また新たなビジネスを始めるなど、何度も新しいビジネスを手掛ける起業家は、欧米ではシリアル・アントレプレナー(連続起業家)と呼ばれていますが、日本でもシリアル・アントレプレナーは徐々に増えてきています。
弊社で会社の売却を仲介した売り手の経営者の方が、売却後にまた別の会社を立ち上げ、その3年後に二度目の売却を仲介したということもあります。
売却理由③先行き不安・業績不振
また、人口が減少している日本において、多くの業種が不況業種となっており、先行き不安や業績不振により、売却を希望するケースが増えています。
当面はまだなんとかなるとしても、不透明な経済環境の中、将来にわたって独力で会社を運営していくことに不安を感じ、資金力がある大手企業の傘下に入ったほうがいいと考える経営者もいます。
将来に対する不安は、業績の悪い会社の経営者だけの悩みではありません。売上が急拡大してくると、運転資金の増加や新規の投資のために借入金が膨れ上がってくることがあります。通常、オーナー社長は借入の個人保証をしますので、「もし将来、売上が下がれば本当に借入が返せるのか」と不安になる経営者もいます。
構造的に業績不振が続いていて、再生支援のスポンサーを探すというケースもありますし、借入金が過大で返済の目途も立たない場合は、法的整理も含めて検討することになります。
好んで再生案件に投資するファンドや事業会社もありますが、彼らも当然経営再建できる可能性が高い案件にしか投資しませんので、技術、顧客、商圏など何らかの大きな強みがないと売却は容易ではありません。
売却理由④選択と集中
スピード経営の時代においては、チャンスがあればいっきに「ヒト・モノ・カネ」の経営資源を投入して先行者利益を狙う必要があり、果断な選択と集中の経営が求められています。
欧米では、経営している複数の事業をポートフォリオとして考え、売上や利益、成長性などで社内の基準を満たさなくなった事業は撤退や譲渡によって入れ替えをはかり、恒常的に選択と集中が行われています。
日本企業もノンコアの事業・子会社の売却をもっと真剣に検討するべきです。なぜなら、一般的にM&Aは買い手より売り手のほうがリスクも低く、満足度も高くなるからです。
買い手は買収した会社がうまくいくかどうかはわからず、成功もあれば失敗するケースも当然あります。一方で、売り手は契約違反によって損害賠償請求を受けないかぎり、売却した時点でお金が入り利益が確定するためです。
買収戦略をもつ日本企業は増えてきましたが、売却戦略をもつ日本企業はまだまだ少ないといえます。日本の上場企業では、買収件数と売却件数の比率は、2:1から3:1くらいで買収のほうが多い状況です。
経営者には自己正当化の欲求が働き、なかなか負けを認めたがらないものです。しかし、現在日本でも、資金を効率的に運用する意識が高まっており、戦略的に(買収だけでなく)売却を行っていく企業が増えてきています。
売却理由⑤会社の発展・社員の将来
資本力があり、大企業の顧客基盤をもつグループに入り、より大きな仕事をすることを望んで、経営権を譲渡してグループ入りすることもあります。また、個人商店から従業員が徐々に増えてきて、「企業」に脱皮する過程において、自分の手には負えないと感じて、「しっかりとした会社に経営を任せたい」といって譲渡を望む経営者もいます。
これは後継者がいない、お金がほしい、また業績の不安があるというのが売却の理由ではありません。先代社長から経営を引き継いだ二代目(以降)の社長がこのような判断をする傾向があります。
この場合、いつまでに売却しなければならないということはないので、必ずしも売却ありきではなく、あくまでいい相手先があれば、売却、経営統合を検討するということもあります。