表明保証保険とは、M&Aの当事者がリスクヘッジのひとつとして使える保険で、M&A成立後に、売り手の表明保証違反で買い手に損害が出た場合に、一般的には買い手が保険会社に請求できるもので、中小企業のM&Aでも使えるようになってきました(買い手が付保するのが一般的ですが、売り手が付保する場合もあります)。
本記事では、以下についてご説明します。

①表明保証とは?

表明保証保険を説明する前に、まずは表明保証とは何かについて簡単に説明します。
「表明保証」とは、売り手と買い手との間のM&Aの最終的な契約書(たとえば株式譲渡契約書)において、売り手が自身および譲渡対象会社について、買い手が自身について、種々の事項が真実かつ正確であることを表明して保証するものです。

「買い手の表明保証」は極めて簡潔で問題になることはまずありませんが、「売り手の表明保証」は多岐に渡り、契約交渉で争点となることがよくあります。売り手の表明保証が非常に重要で争点になりやすいのは、M&Aが実行されると、対象会社の経営リスクは全面的に買い手に移転するためです。

売り手が表明保証する事項としては、株式、財務書類、資産、債務、取引先との契約、人事労務、許認可、知財、税金、訴訟等があります。そして、最終契約書の補償(損害賠償)規定において、表明保証違反があった際の補償の限度額や補償請求できる期間が定められます。

②表明保証保険とは?

表明保証保険は、M&Aの最終契約書の契約日以降またはM&A実行日以降に、売り手の表明保証違反が発生した際に、その損害をカバーするもので、売り手が入る保険(売り手付保)と買い手が入る保険(買い手付保)があります
売り手付保の場合は、売り手が買い手から補償請求を受けて、補償責任が確定すれば保険会社に保険金を請求し、そして売り手が買い手に補償します。

一方、買い手付保の場合は、買い手が保険会社に保険金を請求しますが、保険会社は、売り手に表明保証違反について故意又は詐欺的行為がない限り、売り手に求償しません

③買い手付保が多い理由

表明保証保険は、1990年代に欧米で活用されだしました。
とくにファンドが売り手となる案件において、M&A実行後に、売り手が補償責任を負うようになった場合のための保険として、売り手が保険契約者かつ被保険者となる表明保証保険が多く利用されはじめました。

しかし現在は、買い手付保の表明保証保険が90%以上を占めています(実務上は、買い手が自らの意思で付保する場合と、売り手が買い手に付保することを要望する場合があります)。

買い手付保が圧倒的に多くなったのは、以下の理由があります。

理由1
売り手付保の場合は、先ほど述べたように、買い手が売り手に補償請求し、売り手の補償責任および補償金額が確定したうえで、売り手が保険会社に対して請求するという二段階の手続きが必要になります。
一方、買い手付保の場合は、買い手が保険会社に請求するだけでよいためです。

理由2
売り手付保の場合は、理由1で説明したとおり、まず買い手が売り手に補償請求しますが、そうすると係争になることが多く、もし裁判になると売り手の補償責任が確定するのに1~2年かかります。
一方、買い手付保で買い手が保険会社に請求した場合は、条件を満たしていれば、保険会社は保険金を払うので、買い手は損害を取り戻しやすいためです

理由3
買い手付保の場合は、最終契約書で売り手が負う補償責任の範囲(補償額の上限および補償請求できる期間)を超えて、保険でカバーすることができるためです

理由4
売り手付保の場合は、表明保証違反について売り手に故意または詐欺的行為(たとえば、違反を知っていたのに隠していた)があった場合は、売り手は保険会社に保険金を請求できませんが、買い手付保の場合は、売り手に故意又は詐欺的行為があっても、買い手は保険会社に保険金を請求できるためです。

④表明保証保険が使われるケース

実際に表明保証保険が使われるのは、売り手の表明保証の内容や補償範囲・期間について、買い手と売り手との間で交渉がまとまらないときが典型的なケースですが、たとえば以下のように、買い手が売り手に補償請求をしづらかったり、補償請求しても実質的に意味がなかったりするときも使えます。

◎売り手のオーナー社長が対象会社に残る場合、補償請求することで関係を悪化させたくない
◎売り手に資力がない
◎売り手が海外居住者である
◎売り手の株主が多数いて損害を取り戻すのに手間がかかる

これら以外のケースでは、売り手が「クリーンエグジット」(補償責任を負わずに売却すること)を目指す場合に、売り手が、買い手に対して表明保証保険をつけることを要望することもあります(この場合、保険料は売り手が負担したり、売り手と買い手で折半したりすることがあります)。

たとえば、売り手がファンドの場合です。なぜならファンドは、投資家から早期に分配を求められることがあるためです。
また買い手間で競争環境がある場合(オークション形式の売却が典型)に、売り手から選ばれやすくするために、買い手が表明保証保険に入ることを買収条件として提案することもあります。

⑤中小M&Aで使える表明保証保険

日本ではこれまでクロスボーダー案件や大型案件で、表明保証保険が使われることがありましたが、最低保険料が小さいところでも1000万円以上だったり、保険契約書が英文だったりして、中小のM&Aで使えるものがありませんでした。

ところが、中小企業のM&Aが急速に普及するなかで、2020年から2021年にかけて、あいついで日系の大手損害保険会社(東京海上日動、損保ジャパン、三井住友海上、あいおいニッセイ同和損保など)が、中小M&Aにも適用できる表明保証保険の販売を開始しました(ほとんどは買い手付保の保険ですが、一部売り手付保の保険もあります)。

保険料は補償限度額の2~3%程度で、最低保険料は保険会社により異なりますが、小さいところは数十万円や数百万円のところがあります。
たとえば、譲渡価格が3億円で、株式譲渡契約書で売り手の補償額の上限が2億円と定められたとします。それと同額である2億円を保険の補償限度額とし、保険料はその3%で買い手が表明保証保険を購入した場合、保険料は2億円の3%である600万円となります。
中小M&Aで使える表明保証保険は、まだそれほど普及しているとはいえませんが、今後事例が増えてくるはずですので、必要に応じて検討してみてください。