有限会社ツーファイブ
人生100年時代――健康なうちに肩の荷を下ろし、いちクリエイターとして新たなスタートを目指す
譲渡企業 | 譲受企業 |
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㈲ツーファイブ | ㈱CRI・ミドルウェア |
東京都 | 東京都 |
音響制作 | 音声・映像関連のミドルウェアの研究開発、販売 |
スキーム 株式譲渡 |
「人生100年時代」と言われます。長い老後生活に備えるためにも、健康に生活できる間は仕事を続けたいと考える人も多いでしょう。しかし、創業社長となると、そう簡単にいかないのも事実です。どこかのタイミングで事業承継も検討しないといけません。ゲーム専門のサウンド会社、ツーファイブを創業した溝口功さん(60歳)は、健康寿命残り約10年となる60歳を契機に、M&Aによる会社売却を決断しました。ニッチな業務分野で豊富な経験と実績を誇る同社には、上場企業3社が買い手候補に名乗り出るなど、高い評価を受けました。
社員への譲渡が難しかったためM&Aを検討
ゲーム専門のサウンド会社、ツーファイブを創業した経緯について伺います。
音楽が好きで、学生時代はバンド活動をずっとやっていました。その当時は、ゲーム音楽とはあまり接点がなかったのですが、たまたま巡り合わせもあり、分野としては新しかったので、若い人たちも多くて面白そうだということで進んでいった感じです。
起業する前は、サラリーマンも経験しました。TSUTAYAを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)でレンタルビデオのバイヤー、店舗運営のスーパーバイザーなどを務めたのですが、あまりにも忙しくなって、どうせ仕事をするなら自分の好きな音楽の仕事がしたいと思い、知り合いのツテを頼って音楽制作の世界に戻ってきた形です。
なぜゲーム業界だったのかというと、どうせやるなら新しいことをしたい、マーケットが小さいうちに、ブルーオーシャンでトップを獲ることが大切だと考えたからです。
ゲームも漫画もアニメも、親や大人が嫌がるものです。ゲーム音楽を制作しているというと、みんなから「オタクだね」と言われて笑われたものですが、むしろ、それがいいと私は思っていました。
案の定、日本のゲームはものすごい勢いで世界中で売れるようになり、私たちがかかわったゲームソフトが世界中で喜ばれることになりました。私が若い頃につくった作品を知っている海外の人たちから、「イベントを開催するのでコメンテーターとして来てほしい」という依頼がいまでもあるくらいです。
かつてはゲームのBGMやSE(効果音)の制作がメインでしたが、最近はセリフ付きのゲーム音声の制作が中心となっています。声優をキャスティングし、演出、収録、加工、編集、データ化までをワンストップで手掛けることができる点が我々の強みで、本社内には2つのスタジオもあります。
創業から28年が経ち、60歳の節目に会社の譲渡を決断されたわけですが、その理由やきっかけは何だったのでしょう。
実は、3年ぐらい前から考えていました。会社というのは自分でつくったものだけれど、一緒に長く働いてくれている社員のものでもあります。彼らのためにもきれいな形で残したいと思い、社員への譲渡を前提に銀行とも話し合ったのですが、「社長(溝口氏)が担保を差し出してくれるなら、融資をしてもいい」と言うのです。私が保証すると、結局、自分で会社の経営を見ることになるから、気持ちが休まらない。さんざん話し合ったのですが、なかなか思うようにいかないので、「じゃあ、M&Aで売りに出してもいいかい」と社員に伝えました。
もっとも、M&Aをしようとしても、そんなすぐに決まるとは思っていませんでした。自分としては60歳で経営から退きたかったのですが、2、3年はかかるだろうと見込んで、62、63歳までは社長をやるのかなと覚悟していました。
聞くところによると、60歳をめどに経営を退き、いちクリエイターとして活動していきたいとの思いがあったそうですね。
そうですね。72歳というのが東京都の男性の健康寿命だそうです。「人生100年時代」とか言われていますけれど、日常生活が制限されることなく過ごせるのは72歳まで。そこから逆算すると、残り10年しかないと考えたわけです。もちろん、働けるうちはギリギリまで働こうと考えていますが、どうせなら好きなことをやって働きたい。気苦労のあることは手放したほうがいいんじゃないか、と。経営をやっていると、クリエイターの仕事は5~10%しかできません。社長業なんて30年もやればもう十分ですから。
事業承継にあたって、お子さんに引き継ぐという選択肢はなかったのですか。
うちは娘が二人ですが、その選択肢はなかったですね。「お父さんは勧めないけれど、やる気があるかどうかだけ確認させて」と一応聞きましたが、答えはNOでした。父は父、娘は娘の人生ですから、自分の好きなことをやればいいと思っています。
ふたを開けてみると、上場企業3社が買い手候補に
インテグループに問い合わせる前からM&Aを検討していたのですか。
もともとは事業承継ということで、取引銀行や商工会議所に相談していたのですが、どうもしっくりこなかった。途中から「M&Aという方法もあります」とおしゃってくれたのですが、それ以上は教えてもらえませんでした。そこでインターネットを検索して、最初に出てきたのがインテグループさんだったというわけです。一回話を聞いてみようと思い、問い合わせをしました。
その時点では、インテグループさんについて知らなかったので、実は商工会議所の方に聞いてみたんです。「インテグループさんってご存知ですか」と。そしたらよい評判でしたし、マンツーマンで対応していただけると聞いたので、それならいいかなと。
数あるM&A仲介会社の中でインテグループを選んだのは、結果的にネットを見てですか。
そうです。ネットを検索すれば、M&A仲介会社のサイトがたくさん出てきますが、それを数多く当たっても、多分迷うだけです。「丁寧にやっていただける」との評判も聞いたので、インテグループさんに賭けてみるか、という感じでした。私はいつも選択肢が少ないんですよ。1つか2つぐらいで、自分の勘を頼りに生きてきたところがありますから(笑)。
他社との比較はできないと思いますが、インテグループに依頼して良かったですか。
担当していただいた中島(知広)さんが熱心で、動きが早いので良かったです。私は“すぐやる課”の住人で、気になっていることは置いておくのが嫌いで、すぐにやる事にしていますので、レスポンスが早いというのは最大のサービスだと思っています。良い悪いは時の運ですが、レスポンスが早いのでトントン拍子にことが進みました。あとは、M&Aについてわかっていなかったので、いろいろとお話を聞き、質問してもちゃんと答えていただけた。それも良かったです。
M&Aに向けた作業がスタートしてから譲渡までの間に、不安に思われたことはありましたか。
会社の譲渡は相手があることなので、相手がどう出るかはわからないところがあります。気分が変わることもあるでしょう。中島さんには「熱心な相手先にしましょう」と言われ、熱心にやっていただける買い手候補とお話させていただきましたが、日本の経済状況は日々変わりますし、ゲーム業界は合従連衡も日常的に起こりますから、すんなり売れるかどうかは正直わかりませんでした。
ただ、ふたを開けてみると、上場企業3社が手を上げました。これは経営者としてはうれしかったのではないですか。
そうですね。他社さんのケースがわからないので何とも言えませんが、中島さんからは「3社も有力な候補が出てくればもう大丈夫です」とおっしゃっていただきました。
買い手先の製品を使ったり、中国市場の開拓も可能に
買い手候補3社の中から、マザーズ上場のCRI・ミドルウェアを選んだ決め手は。
面談の際に(押見正雄)社長も出席されて、わざわざお時間をとっていただいたので、手ごたえは一番あるかなと思いました。自分たちの出世作となった若い頃の作品に、同社のミドルウェアを使っていたというご縁もありましたので、そういうところにも深いつながりを感じました。
ツーファイブがCRI・ミドルウェアの傘下に入ることで、どのような相乗効果が得られるのですか。
CRI・ミドルウェア(以下、CRI)さんはゲームの本体というよりも、ゲーム分野の開発ツール(ミドルウェア)をつくっていらっしゃいます。我々もゲーム本体ではなく、音響制作を担当しているので、今後はCRIさんのミドルウェアを使う機会も増えていくでしょう。また、我々がちょうど中国進出を検討している時に、CRIさんは昨年、上海に現地法人を設立されたということで、今後は中国市場の開拓についても協働していけると思います。
株式譲渡契約締結と同時に、CRIはプレスリリースを発表されましたが、周囲の反応はいかがでしたか。
社員には前日に伝えていたので、社内で大きな動揺はありませんでしたが、取引先など社外の方から一斉に連絡がありました。「どういうことなの?」とか、「引退しちゃうの?」とか(笑)。ミドルウェアの業界も競争が激しいので、当社がCRI傘下に入ることで何か大きく変わるのかという問い合わせもありましたが、「まったく変わらないので、引き続き応援してください」という話をさせていただきました。
2019年11月1日をもって株式譲渡が完了しました。それから20日ぐらい経過しましたが、実際に売却をなさっての感想はいかがですか。
引き継ぎがこの間まで忙しかったので、(株式譲渡が)終っても結構、会社に来ているなという印象です(笑)。
CRIさんも、せっかく当社を買収したからには、これまで通り、うまくやっていきたいとお考えでしょう。そこで心配になるのが、創業社長がいなくなった時の“変わり目”です。戦国武将も後継ぎ問題でお家騒動になっています。古参の武将と周囲が揉めて派閥ができたり、分裂したり、企業経営でも似たような状況を見聞きしてきましたから、そういう事にはならないよう、創業者として売り手側の責任者として、アフターケアをしています。
社員の中には、CRIさんの傘下に入ったことでテンションが上がった者もいます。私が抜けることで開放感が生まれ、のびのびイキイキと仕事をしてくれるなら、それに越したことはありません。ただ一方で、私がいなくなることによって突然、不安を持つ者もいるので、バランスをうまくとって、全社員が一枚岩になるよう心のケアを行っているところです。
また、CRIさんとの融合をスムーズに進めるためにも、同社の押見社長、田中(克己・常務取締役)さんには、可能な限り当社に顔を出してくださるようお願いしています。スカイプを通じた毎朝の朝礼にも出席いただいて、当社の社員が親しみを持つよう努めています。
売却後は演劇の脚本家として活動を再開
相談役として引き継ぎはいつまで続けますか。
予定としては2020年1月末までです。もちろん、それ以降も社員から個別に人生相談があれば、できるだけ応えてあげようと思いますが。
今後の予定について伺います。
来年4月から100日間、クルーズ旅行に出かけます。“命の洗濯”ってやつです(笑)。帰国後は、クリエイターとして活動を再開します。作家として、声優さんが出演する朗読劇、演劇の脚本を書いていますが、これを中心にやっていきます。
自分で言うのもあれですが、私が書く脚本は結構人気があるんですよ(笑)。50歳を過ぎてから突然才能が開花しました。それまでは外部のシナリオライターにお願いしていたのですが、どうも違うなと思ってリライトしていたのです。そのうち、リライトが面倒になって、自分で書き始めて、お客さんも支持してくれるので、本業になっていった感じです。仕事はできればのんびりとやりたいと思っていますが、どうなるかはわからないですね。
改めて、CRIに期待されていることは何ですか。
CRIさんの傘下になったことで営業力が増して鬼に金棒です。お客様からの信頼も向上し、会社としてさらに揺るぎない地位を確立してほしいというのが一つです。もう一つは、世の中がますます大きく変化していますので、その変化に対応できる会社づくりをお願いしたい。これからの社会の変化と働き方があると思いますので、そういうことにもチャレンジしていただいて、安定性と時代性の両方を強化し、さらにもう一段、成長してもらえればと思います。
最後に、会社の売却を検討されている経営者の方々に、アドバイスやメッセージをいただけますか。
M&Aというのは、一生の間に何度も経験することではないので、よくわからないという経営者の方も多いと思います。あまり一人で悩まずに、インテグループさんのようなM&Aの専門家に相談するのがいいと思います。相談する中で、ご自身の答えを見つけていくのが一番ではないでしょうか。
日本の社長さんは責任感の強い人が多いと思いますが、すべての責任を一人で背負う必要はないですし、時期が来れば、いったん肩の荷をおろしても罪はないと思います。何はともあれ、専門家に聞いてみること。気に入らなければM&Aをやらなきゃいいわけですから。
それからもう一つ、M&Aを経験してわかったことは、意外とたくさん資料を提出しなきゃいけないということです(笑)。準備は大変でしたが、それについても中島さんが手取り足取り教えてくださったので、心強かったです。