有限会社ミツワ酒販
「売れないだろう」と思っていた会社に複数の大企業が可能性を感じてくれた
譲渡企業 | 譲受企業 |
---|---|
㈲ミツワ酒販 | ㈱G7ジャパンフードサービス |
東京都 | 大阪府 |
酒・食品のEC | 食品卸売 |
スキーム 株式譲渡 |
インターネット通販の黎明期から、酒、食品販売のネットショップを運営してきたミツワ酒販(本社・東京都練馬区)(https://www.rakuten.co.jp/mituwa/)は、2023年7月に全株式を、食品卸のG7ジャパンフードサービス(本社・大阪府茨木市)に売却して子会社になりました。オーナー社長だった荒井修氏(58歳)は、株式譲渡後も会社に残り、現在は「上席部長」に立場を変えて働いています。荒井氏に、M&A決断の背景や今後のシナジーなどについて伺いました。
「楽天ショップ・オブ・ザ・イヤー」3回受賞のECの名店
ミツワ酒販という会社の創業の経緯について教えてください。
ミツワ酒販は、私の父が経営していたミツワ珍味という会社から生まれた会社になります。
このミツワ珍味は、1961年に創業し、イカなどのおつまみを酒屋に販売していました。ただ、1970~80年代にかけて酒屋がどんどんコンビニに変わっていったので、それからは酒屋相手ではなくパチンコ店に商品を販売するようになりました。パチンコ店では景品用におつまみを置くのですね。
そして、あるときパチンコ店から「お酒も売ってほしい」と言われ、酒類販売業免許を取得したことが、ミツワ酒販の始まりでした。
現在は、ネット通販事業を展開していますね。
お酒を取り扱ってから数年すると、楽天からFAXが届いたんです。六本木ヒルズで行う説明会に呼ばれたので、興味本位で話を聞きに行き、そのままの勢いで楽天市場に出店させてもらうことになりました。それが2005年のことです。
当時は私も家族もインターネットで買い物をしたことがなかったので、「売れるわけがない」と思っていましたが、なんと半月で100万円も売れました。楽天市場で月100万円は大台なのですが、久保田や八海山などプレミアムなお酒が飛ぶように売れたんです。
それからミツワ酒販はミツワ珍味から独立してネット販売専門となり、どんどん拡大して、現在は楽天市場以外にもYahoo!ショッピング、au PAY マーケット、ギフトモール、LINEギフトなどで販売するようになりました。
ネットショップ運営における荒井さんの仕事内容は、具体的にどういったことなのでしょうか?
商品を企画して、写真を撮って、ホームページをつくって、メールマガジンを書く。注文が入ったらスタッフたちと梱包をしてと、全部ですね(笑)。それに加えて、社長業も行っていました。
会社の強みはなんでしょうか?
いちばんの強みは、お酒を長く扱ってきたことによって酒業界にネットワークがあり、プレミアムなお酒を仕入れられる商品力だと思います。
また、ネットショッピングの黎明期から事業を行っていますから、顧客データが蓄積し、ターゲットを絞ったマーケティングをすることもできます。ほかにもさまざまなノウハウが蓄積していて、梱包が丁寧なのと注文からの配送スピードが速いことも、お客さまに選ばれる理由になっています。
事業を運営するうえで、もっとも大切にしてきたことはなんでしょうか?
運営しているスタッフが楽しくないと、楽しいお店はつくれないと思ってやってきました。
ネットショップは面白くて、顔が見えなくても、中のスタッフが変わると突然、売れなくなったりするんです。なんとなく現場の匂いがサイト上に出るのだと思いますが、だからこそ社員たちの空気感を大切にしてきました。
特に最近の人たちは、お金よりも人間関係ややりがいを大事にすると聞きます。楽しく仕事ができるよう、「この前の梱包が褒められてたよ」とおほめのレビューを共有するなど、スタッフのモチベーションを上げることを意識していました。
そうした甲斐もあってか、ミツワ酒販のお客さまレビューは、好意的なものが多くなっています。楽天市場の秀でた数店に贈られる「楽天ショップ・オブ・ザ・イヤー」も、過去に3回受賞しました。
一方で経営の苦労はどういったことがありましたか?
お酒は税金が高いこともあり、利益率が低いです。そのなかでも、お酒のセット売りをしたり、もともとつまみ屋だったことを活かしてお酒とおつまみのパッケージ商品を販売したり、工夫をしながらやってきました。
ただ、コロナ禍をきっかけに、ネット通販でお酒を扱う企業がどんどん出店してきてしまった。問屋やメーカーまでもがネット販売を始めて、ライバルが増えたことで先行きが不透明な状態になっていました。
「面白そうだから話を聞いてみよう」から想定外の結果に
そうしたなかで、2022年4月にインテグループと初回打ち合わせをします。事業承継を考えた理由について教えてください。
知り合いの経営者が「M&Aで企業譲渡をした」と言うので、私も話を聞いてみようと思いました。ただ、最初は「将来に不安もあるし、面白そうだから聞くだけ聞こう」という感覚でした。
ところがその後、複数の上場企業が買い手に名乗り出たのですよね。
想定以上で驚きました。ミツワ酒販は、赤字の年もありました。そのような状況で複数の大企業から「可能性がある」と感じていただけたのは、素直に嬉しかったです。
複数の企業のなかで今回の譲渡先であるG7ジャパンフードサービスは、東証プライム上場のG-7ホールディングスのグループ会社です。どういった点を重視して選んだのでしょうか?
従業員のいままで通りの処遇と、私の継続勤務を保証してくれたことが決め手でした。また、人柄も大切にしましたね。自分も「商売人」という気持ちで働いてきたのですが、初回の面談をしたときから、G7ジャパンフードサービスにも商売人特有の温かみを感じることができました。
7月からは「上席部長」として引き続き勤務していますが、いまの働き方についてはどう感じていますか?
58歳で、生まれて初めてサラリーマンになったので、もうドキドキです。「社内政治」などと言われても、何をするのかわかりませんので(笑)。
ただG7ジャパンフードサービスは、いままで通りの働き方を約束してくれたので、現場では特に大きな変化はありません。本社から人が来てミツワ酒販に常駐することもありませんし、変わったのは、私が社長でなくなったことだけです。
社長ではなくなることで、モチベーションが下がることはないのでしょうか?
もともと私は経営者よりも、現場が大好きなんですね。先ほども言ったようにメルマガを書いたり、新商品の企画を考えたり、ホームページをつくったりしている時間にやりがいを感じるんです。
ネットショップはお客さまの顔は見えませんが、気持ちのやり取りはできると思って、いままでもやってきました。いまは社長業から外れたことで、自分が本来やりたい業務により集中できるようになったと思います。
M&A後のシナジーも感じていますか?
ECサイトは、「商品数が多ければ多いほど有利」と言われています。その点、G7ジャパンフードサービスは食品問屋で何万種類も商品を扱っているので、その食品群をミツワ酒販でも販売できるのは大きなシナジーです。
いままでミツワ酒販には「日本酒、ワイン、ウイスキー」といった単語で検索した人しか訪れませんでした。これからは、例えば、G7ジャパンフードサービスが唐揚げを販売するようになれば、「唐揚げ」で検索した人がサイトに来て、合わせてお酒を買ってくれるかもしれません。
お酒は利幅が少ないしライバルも増えてきているのですが、いまは大きな資本の下でお店を大きくできることが楽しくて、興奮しています。
譲渡活動で苦労したことはありましたか?
M&Aすることを従業員に気づかれてはいけないのが大変でした。先ほども言ったように楽しい会社を目指してコミュニケーションを大切にしているのに、隠しごとをするのがつらかったです。なかなか従業員に伝えることができませんでした。
従業員にはどのように伝えましたか?
「M&Aって知ってる?」ということから、話し始めたように思います。「みんな気づいていると思うけど、倉庫の奥でゴソゴソ電話をしてたでしょ。あれはね……」って(笑)。
会社を譲渡したけど、従業員のみんなにはいままで通りの仕事内容と給料を保証するから、「現場は本当にいままで通りだよ」という点は強く説明しました。
父親から引き継いだ会社を売ることには、抵抗はありませんでしたか?
実は私は双子なのですが、父が始めたミツワ珍味は双子の弟が継いで、いまもやってくれています。ミツワ珍味が残っていなければ寂しさも感じたでしょうが、ミツワ酒販はネットショップがたまたま当たって始めた会社なので、強い抵抗感はありませんでした。
私の息子に継がせることも少し考えましたが、別の会社でやりがいを持って働いていますし、会社を継がせるのは難しいと判断しましたね。
「会社が売れない」と決めつける必要はない
仲介会社にインテグループを選んだ理由も教えてください。
インテグループの中村さんは、最初に打ち合わせしたときに決算書を見せると、「高い金額はそこまで期待しないでください」と正直に言ってくれて、それがとても誠実に感じたんですね。
こちらは興味本位で話を聞きに行ったのですが、そう言われると逆にアピールをしたくなって、酒類販売業免許を持っていることやネットショップのノウハウがたまっていることなどを積極的に話していました(笑)。
譲渡活動中の対応はどうでしたか?
活動中も本当に真摯に対応してくれたと思います。よく仲介会社の話で聞くのは、最初は売り手側に寄り添っていたのに、途中から買い手側にパタンと変わってしまうということ。でも、中村さんはそういうことが一切なくて、最初から最後までずっと中立でいてくれた気がします。おかげさまで、納得のいく金額で売ることができましたし、本当に感謝しています。
譲渡が決まったときは率直にどのように思いましたか?
「ああ、やっと終わった」「疲れたあ」という感覚でした(笑)。安堵感もありましたね。
最後に売却を検討する経営者たちにメッセージをお願いします。
私も会社の看板を背負ってやってきましたが、世の中の情勢も不安定ですし、難しさを感じる場面は多々ありました。
そのなかで、「売れないだろう」と思っていた会社が今回、ありがたいことに大きな企業に譲渡することができました。もし悩んでいる方がいれば、まずは話を聞きに行くことをおすすめします。