株式会社オムコ東日本
「心が揺れたこともありました」――M&Aによる会社の存続を決断した背景とは
譲渡企業 | 譲受企業 |
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㈱オムコ東日本 | ㈱C4メディア |
東京都 | 東京都 |
シャワーヘッド、浄水器および飲料水の販売 | ネットサービス・ウェブコンテンツ・ウェブ制作 |
スキーム 株式譲渡 |
設立49年の歴史を持ち、シャワーヘッドや浄水器、飲料水など、生活に欠かせない水に関連した商品を製造・販売するオムコ東日本(本社・板橋区高島平)。創業者の河村進会長(78歳)は、2022年6月にデジタルマーケティングを得意とするC4メディア(本社・中央区日本橋)へ全株式を譲渡しました。譲渡活動中、会社をたたむ選択肢も考えたという河村会長が、どういう思いでM&Aの決断に至ったのか。その背景をうかがいました。
世の中に役に立つ商品を売りたかった
創業の経緯を教えてください。
私は大学時代に銀座で、英語の百科事典を通行人に売るアルバイトをしていました。その頃からモノを売るのは得意で、1年間に600セットも販売していましたが、そのアルバイトでは、商品が売れても大きな満足感を得られませんでした。なぜなら、購入したほとんどの方は、実際にはその事典を使っていないだろうと感じていたからです。ただの本棚の飾りになってしまう気がしていました。そのときの経験で、本当に人が必要とするものを販売する仕事につきたいと思うようになりました。
そこで始めたのが、アルカリイオン水を作る、卓上型の電気分解の器具を仕入れて販売するビジネスです。私自身、弱かった胃腸がアルカリイオン水のおかげで改善した経験があり、「この水は絶対に世の中の役に立つ」と思ったからです。事業を始めたのは23歳のときで、会社として創業したのはその6年後の1974年、29歳のときでした。
ビジネスは、すぐにうまくいったのですか?
事業はすぐに軌道に乗りました。電気分解の器具は、医療用の物質製造器として当時の厚生省から認可がおりていて、飲み水にも料理にも用いることができます。私は営業が得意でしたから、経理などの業務は事務方に任せ、自分はハイエースに電気分解の器具を積めるだけ積み込み、地方に行っては4~5日で全部売って帰ってくるという生活を続けていました。自分が商品を売らなければ、従業員を食べさせられないと思っていましたので、必死にやっていましたね。
事業で苦労したことは?
会社が拡大してきたときに、苦難が訪れました。訪問販売では対面できる顧客の数に限界がきてしまって。その時は組織も大きくなり、従業員も多くいたので、社員を守るために、また別の営業方法を考えなくてはいけなくなりました。そこからは展示会に出展したり、職域販売を行ったりすることで、なんとか会社の危機を脱出しました。そのときが創業以来、いちばん苦労したときだと思います。
事業の強みはどこにありますか?
商品力が会社の強みだと思っています。創業から49年間、一貫して体にいい水を販売することを心掛けてきたので、品質や独自性が磨かれていきました。
2008年からは「宝石セラミックス」を使用したシャワーヘッドの販売を始め、売上の大半を占めるようになりました。これも商品力の賜物だと思います。また、次亜塩素酸化水を、電気を使わずに連続して作る機械の特許を持っていることも強みですし、浄水器や整水器の商品開発力においても、長年積み重ねた技術の強みを持っていると自負しています。
事業を運営するなかで、やりがいに感じていたことを教えてください。
やはり、お客さまからいただく言葉がやりがいでした。世の中の役に立つものを売ろうと思って始めた仕事でしたので、お礼の手紙や電話をいただくことは、大変な喜びでした。
譲渡中に生じた迷い
譲渡を考えたきっかけは何でしたか?
いちばんの理由は、会社の後継者がいないことです。この歳で30人近い社員を抱えるのは難しいと感じていました。ただ娘、息子はそれぞれ独立して自分の道を歩んでいますし、弟も、いまでは別の会社の会長職についています。また、後継者にしようと考えていた社内の人間も、昨年になって後を継ぐことに迷いを感じていたため、M&Aの検討を始めました。
なぜ仲介業者にインテグループを選んだのでしょうか?
会社には、かねて40通以上もM&Aの仲介会社から手紙が届いていました。事業承継を考え始めたときに、その中からまずは1社話を聞いてみようと思い、選んだのがインテグループさんだったのです。
最初の面談で、担当の堤瞭さんが、インテグループの藤井一郎社長の本(『M&A仲介会社の社長が明かす 中小企業M&Aの真実』)を持ってこられました。この本にやられてしまいましたね。
その本では、「会社を売却できることは成功者の証であり、人に言うのがはばかられるようなことではありません。」と書いてありました。その通りだなと感銘を受けて、他社は検討せずに、インテグループさんにお願いをしました。
今回、会社を譲渡したC4メディアさんは、Webマーケティングやインフルエンサーマーケティング、EC販売に強みを持つ会社です。相手先として満足していますか?
満足しています。C4メディアの浦田英博社長はまだ56歳と若く、多くの会社を経営している実績を持つ方です。コロナ禍で会社の経営も厳しくなる中、78歳の私がもう一度頑張るよりも、やる気のある元気な社長さんにお任せしたほうが、事業も盛り上がると思いました。
また、私はお相手の条件として人柄を大切にしていましたが、浦田社長は心も温かい方だと思いました。今回の譲渡活動でも、重箱の隅をつつくような細かいことは言わずに、どっしりと構えていただいておりました。
譲渡活動のなかで大変だったこと、苦労したことはありますか?
最初にインテグループさんと面談をしてから、譲渡活動が終わるまでの間には心が揺れることもありました。
特に迷いが生まれたのは、会社の土地を高値で購入したいという話が来たことです。正直に言うと、土地を売却したほうが、資金は手元に残る。従業員も、事業承継をすることを伝えてから数人辞めてしまっていたので、M&Aは辞めて土地を売るほうがいいのではないかと悩みました。
譲渡活動で悩んだときの、担当者の対応はどうでしたか?
堤さんには本当に感謝しています。私が弱気になり、「M&Aではなく、会社をたたんで土地を売ったほうがいいのではないか。」とネガティブな相談をしても、こちらが判断しやすい資料を作って、ゆっくりと考えさせてくれました。その資料は、土地を売った場合と会社を譲渡した場合とで、最終的に手元に残る金額にどれだけ差があるかが数字で可視化されていて、分かりやすい判断材料となりました。
そうした資料や励ましもあり、最後には残った従業員や取引先、商品のことを考えて、土地を売って会社をおしまいにはせず、譲渡して残そうという決断ができました。
買う人がいるということは「成功の事業」
今後、譲渡先のC4メディアさんには、どのようなことを期待していますか?
C4メディアさんの販売方法は、ウェブや広告に特化していて、いまどきのやり方だと思います。私のように訪問販売や展示会販売、職域販売などという昔ながらの方法ではないので、商品力と掛け合わせて、新たな顧客を開拓できるのではないでしょうか。
また、水は世界中の誰もが死ぬまで必要とするものですから、今後は日本だけでなく、海外にも販売網を広げることができると思います。そうしたグローバルに展開する夢も託したいと思います。
ただ個人的な思いとしては、会社の成長を期待するというよりも、残った従業員が幸せになってくれればそれでいいと思っています。私の願いは本当にそれだけですね。
あらためて、売却を終えた感想を教えてください。
正直、これでやっと肩の荷が下りたという思いです。いままでは自分が営業の最前線に立っていて、社員を食べさせなくてはいけないと思っていました。それをやらなくてもよくなったので、ほっとしましたね。これからは「今月はいくらの売上をつくらないと……」なんてことは考えなくてもいいわけですから。
家族にはすべての話が決まって、ハンコを押した後に「引退する」と報告しました。女房からは「本当にご苦労さまでした」という労いの言葉をかけてもらいました。「明日からは、ずっと家にいてください」とも言われましたが、1年間はまだ会社にいさせていただくことになったので、そうもいきません(笑)。ただ、来年には気持ちよく勇退できる形にはなっていると思います。
今後の予定は?
来年5月までは会長として、引き継ぎやたまに助言をしながら働かせていただくことになると思います。社長を辞めた後の肩書は、相談役、顧問などどれがいいかと考えましたが、浦田さんが「会長でいてください」と言ってくださいました。私のまわりの友人たちも社長を辞めて、会長ならよかったねと言ってくれています(笑)。
最後に、売却を検討している経営者に対するメッセージをお願いします。
私は、インテグループの藤井社長の本をバイブルにしていました。本には「会社を売ることは悪いことではない。」と書かれていましたが、譲渡活動を終えて、私もそう思います。M&Aにネガティブなイメージを抱かれている方も多いと思いますが、一生懸命育てた会社を買ってくださる人がいるということは、成功した事業である証なので、前向きに検討されてはいかがでしょうか。
そして、検討される場合は、まずは堤さんに相談していただくといいと思います。非常に熱心で頭もよく、大きな心を持つ人だと思いますよ。私にとっては神様みたいな存在です(笑)。