株式会社マトイテック
当初は違和感があったファンドへの譲渡を決断したわけとは
譲渡企業 | 譲受企業 |
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㈱マトイテック | ㈱ファーストアドバイザーズ |
大阪府 | 東京都 |
防災設備の工事・点検 | 投資ファンド |
スキーム 株式譲渡 |
江戸時代の町火消しが、所属する組の目印として用いた纏(まとい)。防災設備の工事・点検を主な事業内容とする株式会社マトイテック(本社・大阪市東住吉区)の社名の由来でもあります。実父の立ち上げた会社から独立して10年。奥村淳一社長(47歳)はアーリーリタイアの一環としてファンドへの株式譲渡を選びました。同業者やほかの事業会社への譲渡も考えていたという奥村社長が、売却先をファンドに決めた理由はなんだったのでしょうか。
独立当初の目標をはるかに超える好業績
父親の会社から独立したとのことですが、創業の経緯を教えてください。
私はもともと卸関係の会社に勤めていましたが、総合防災の会社を営んでいた父親から呼び戻され、手伝うことになりました。配属された事業部門は順調に推移し、小さな会社でありながら短期間に1億円規模の収益をもたらしました。
そうなると、自分の力を試したくなるのが人情です。そこで、父親の事業とかぶらない形で自分の会社を興すことに。職場の同僚やパートさんなどがついてきてくれて、5人でスタートしました。2012年3月2日のことです。幸い担当していたお客さまの協力を得ることもできて、事業内容は似ていますが、父親は「官」、私は「民」に強かったため、仕事上の棲み分けは自ずとできました。
マトイテックの強みは、どこにあると考えていますか?
この業界に入ってまず驚いたのは、利益率の高さです。前職の卸業では1%の利益を出すのに血のにじむような苦労をします。その点、消防・防災業界はもともと利益率が高い体質で、原価に対する意識も卸業とはまったく異なっていました。ということは、原価率に手を入れれば、さらに利益を増やす余地が十二分にあるわけです。
手始めに、開業時に主力だった個人の工事業者から大手ビル管理会社に取引の軸足を移すと、利益率は大幅に改善しました。私のビルメンテナンス業の勤務経験が役立った面もあります。たとえば、当社が手がけると、これまで10日かかっていた工事が5日でできる。結果的に単純計算で利益率は倍になります。
工事の実績が評価されることで、工事の継続受注やメンテナンスの新規受注につながる。そうして高利益率を維持できるわけです。技術力が評価されたうえで受注しているので、受注単価を維持できるのも強みだと思います。
事業運営のなかで、どのようなやりがいや苦労がありましたか?
利益ひとつとっても、自分が身を置く「業界」は選ばねばならないと強く感じました。この仕事は、やり方さえ間違わなければ自然に仕事が降ってくるし、それに見合う収益もついてきます。つまり、やればやったぶんだけの手応えを感じることができる。それはやりがいにも通じます。
実際、開業当初に掲げた「売上高1億5千万円、従業員5人」という目標は、10年後に計画を大きく上回る「売上高6億5千万円、従業員20人」という実績として実を結びました。こういう目標は達成できないのが普通ですが、まずは合格点ではないかと思っています。ですから、大きな苦労はなかったですね。
ニッチな業種だから売れないと思っていた
一時は他社の買収を検討したこともあるそうですが、最終的に自社の売却を選択した理由は?
同業で70代半ばの経営者が、ゼロ円譲渡で会社を手放した事例を目の当たりにしたことが大きいと思います。私も、一時はその会社の買収を考えていました。そこで、自分が70代になった時のことを想像するうちに、アーリーリタイアも選択肢のひとつだと考えるようになりました。
また他社事例を通して、われわれの業界では「買うより、買われるほうが幸せなのではないか」という思いが大きくなりました。そこで、2021年のゴールデンウイーク前後はインターネットやSNSなどでM&Aの情報収集をしたり、勉強したりして過ごしました。
そうして今回の譲渡を仲介したインテグループと巡り合うわけですが、打診から譲渡までの過程はどうでしたか?
「勉強の成果」を試すため、複数社と面談をしました。その中で2021年6月にインテグループの高濱陽さんと初めて会いました。ただ、この時点ではまだ売ろうと決めていたわけではなく、売れるとも思っていませんでした。業種として「ニッチすぎる」と思ったからです。とりあえず、譲渡希望金額については65歳まで働いたと想定した数字を出しました。いわば「人生の逆算」をしたわけです。担当の高濱さんと打ち合わせを重ねた結果お世話になることになり、譲渡活動を進めていきました。
一生懸命、親身に動いてもらったおかげで話し合いは順調に進みましたが、その年の暮れに行き詰まりを覚えました。お相手の会社と当社、双方の弁護士を立てて、かなり専門的な交渉を重ねたのですが、そのうち、私の心の中に葛藤が生じたのです。大げさに言えば、この交渉で私の人生が決まるからです。
一連の交渉を通じて、新たな発見や心境の変化はありましたか?
売却交渉の最終局面を迎えたとき、当社の役員と先方との面談の機会を持ちました。その際、役員が私の考えを支持してくれたので前向きな気持ちになれました。
当社は創業以来、商売のうえでは順風満帆で、一度もコケるようなことはありませんでした。誤解を恐れずに言えば、したい放題でも経営できてきた。ですから、細かな数字を考えたことも悩んだこともなかった。ところが、今回は交渉ごとですから、数字がモノを言います。その意味で、改めて真剣に数字と向き合うことができたと思います。
譲渡について、家族や従業員にはどのような話をしましたか。また、その反応は?
妻には、あれこれ調べているゴールデンウイーク中に話していました。最初は半信半疑でしたが、最終的には応援してくれました。従業員には、まず役職者に状況を説明し、最終的な契約がまとまった時点で全社員に私の考えを率直に打ち明けました。無用の不安を与えぬように「たとえ株主が変わっても会社としては何も変わらない」ことを強く訴えました。
ファンドへ譲渡することのメリット
譲渡先はファンドのファーストアドバイザーズ社ですが、ファンドや投資会社への譲渡に抵抗はありませんでしたか?
実際にファンドと面談する前は、大いにありました。というより、候補者としてきいたときは、違和感を覚えました。売るなら大手の同業やメンテ関係の会社と漠然と考えていたからです。半面、業界事情がわかる者同士であるだけに、社風が合わないと一緒になってもうまくいかないかもしれないという懸念がありました。
その点、ファンドのほうが社風や独立性を維持できるのではないかと感じました。実際、ファーストアドバイザーズさんは防災関係が専門ではないのに、実によく調べられていて、ポイントを突く質問やアドバイスを用意されていました。さすが、経営のプロと感じました。交渉を通じて私の出した条件は「先頭で旗を振る人が私より若いこと」「これまでの当社のカルチャーや体制を尊重し、従業員が引き続き安心して働けること」でした。
同業者や事業会社ではなく、ファンドや投資会社に譲渡することのメリットはなんだと思いますか?
同業者や事業会社だと傘下に入るイメージが強いと思います。下請けのような扱いになってしまうと従業員が可哀そうです。その点、ファーストアドバイザーズさんからはじっくり腰を据えてマトイテックを大きく育てていきたいという考え方がうかがえました。
特に従業員ファーストである点に信頼を寄せましたね。将来的に私が退いた後の社長は外から連れてくるのではなく、従業員のなかから選ぶという方針にも共感しました。残された社員全員が社長になるパスポートを与えられたことになるからです。
ファーストアドバイザーズ社への譲渡に満足していますか?
非常に満足しています。特に、交渉を進めるなかで私の意思や意向を汲んでもらえたことが大きいですね。金額面ばかりでなく、経営手法や当社のビジネスモデルを高く評価されたことを嬉しく思いました。
やはり、経営のプロであるだけに、同業者の発想にはない視点での提案は新鮮で好印象を持ちました。将来にわたって、会社の業績を伸ばしてくれるという期待も強く感じました。
いまファーストアドバイザーズ社に期待していることはなんですか?
まずは、次期経営人材を社内から登用できる仕組みづくりです。また、私は10年がかりで売上高7億円近くの会社を育て上げました。それを私の力で10億円にするには、さらに10年を要すると思います。しかし、ファーストアドバイザーズさんなら半分程度でできると信じています。経営のプロとしての舵取りに期待しています。
心を捉えた顧客本位の親身なアドバイス
M&Aを進めるにあたってなぜインテグループを選んだのですか?
端的に言えば、高濱さんの一生懸命さに打たれたからです。自分の会社を売り込んでもらうわけですから、そういう視点で見た時に高濱さんに任せたいと思いました。売却活動の中で迷いが生じた際も、完全成功報酬制なのに無理に成約しようともされませんでしたし、納得感がなければM&Aはやめたほうがいいとまで言われました。
これは、インテグループさんにとって「良いM&A=納得感(満足感)」という文化が根付いているのだと思います。要するに「顧客本位」は、同社の社風の大もとなのではないか。高濱さんは、それを当たり前のように実行しているのだと思います。
担当者の対応も満足度が高かったのですね。
もちろん、満足しています。2021年暮れに交渉が暗礁に乗り上げかけたとき、高濱さんに親身に相談に乗っていただけたことは、いまでも忘れられません。特に、M&Aをやめてしまおうかと少し弱気になったとき、私の気持ちに寄り添い、尊重してくれたことが心に残っています。
高濱さんからは「後悔が残らないように交渉して」「契約を結ぶ際には双方が納得感を持たねばならない」「納得感のないM&Aならしないほうがいい」など、私の気持ちを尊重してくれた上で、さまざまな助言をいただきました。おかげさまで2022年3月上旬に無事、契約締結の運びとなりました。
最後に、いま売却を検討している経営者にメッセージをお願いします!
どのような状況に見舞われたとしても、「ブレない気持ち」を忘れないことです。裏を返せば、迷いがあったらためらわずに退くことです。納得できなければ、3年でも5年でも待つ。たまたま私は良きM&Aの担当者に恵まれましたが、担当者と合わなければ、合う人に巡り合うまで待つということも一法だと思います。